「来月から1年の予定でアメリカの現地法人へ赴任することになった。日本の年末調整はどうなるのか」
「総務から『出国前に扶養控除等申告書と保険料控除申告書を出してください』と言われたが、まだ12月でもないのに年末調整なんてできるのか」
海外現地法人や海外支店への出向・赴任の辞令は、多くの場合、引っ越しの手配や現地ビザの申請と同時進行で慌ただしく飛び込んできます。そのなかで意外と後回しにされがちなのが、日本を出国する直前に会社が行う「出国時年末調整」という手続きです。これを知らずに出国してしまうと、天引きされ続けていた所得税が精算されないまま宙に浮いてしまうことがあります。
この記事では、居住者・非居住者の判定基準から、出国時年末調整で扶養控除や保険料控除がどう扱われるか、日本の持ち家を貸し出す場合の納税管理人制度、帰国時の年末調整まで、国税庁の公式情報と現場の実例を交えて整理します。
1. 「1年以上の予定」で赴任すると、出国の翌日から非居住者になる

海外赴任や出向が1年以上の予定で決まった場合、出国日の翌日から所得税法上の非居住者として扱われます。日本の所得税法では、国内に住所がある人を「居住者」、そうでない人を「非居住者」と区分し、非居住者になった時点から課税の範囲が根本的に変わります。
【国税庁の公式見解・1次情報】
国税庁「No.2875 居住者と非居住者の区分」には、次のように定められています。
『「居住者」とは、国内に「住所」を有し、または、現在まで引き続いて1年以上「居所」を有する個人をいい、「非居住者」とは、居住者以外の個人をいいます』
また「住所」については『各人の生活の本拠がどこにあるかにより判定します』とされています。
出典:国税庁「No.2875 居住者と非居住者の区分」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2875.htm
実務上は、会社の辞令で「1年以上の予定」で海外に出向・赴任すると分かった時点で、その社員は出国の日の翌日から非居住者として扱われます。逆に言えば、出張や数か月単位の短期出向のように「1年未満」と最初から見込まれている場合は、居住者のまま変わりません。ここの見込み期間の長さが、年末調整の扱いを分ける最初の分岐点になります。
非居住者になると、日本国内で発生した所得(国内源泉所得)だけが課税対象になり、赴任先で稼いだ給与には原則として日本の所得税がかかりません。
【国税庁の公式見解・1次情報】
国税庁「No.2873 非居住者等に対する課税のしくみ」には、次のように明記されています。
『非居住者又は外国法人に対する課税の範囲は、国内源泉所得に限られています』
出典:国税庁「No.2873 非居住者等に対する課税のしくみ」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2873.htm
#### 【現場のリアル】辞令から出国まで3週間しかなく、総務との書類のやり取りが綱渡りだった話
ある製造業の技術者の方から聞いた話です。10月の半ばに「来月から1年間、タイの工場へ赴任してほしい」と部長から辞令を受け、出国日はわずか3週間後に決まっていたそうです。引っ越し業者の手配やビザの申請に追われるなか、総務から「出国前に扶養控除等申告書、基礎控除申告書、保険料控除申告書を全部出してください。年末調整は12月ではなく、出国前の最後の給与で締めます」と告げられ、正直なところ何を言われているのか最初はピンと来なかったと振り返っていました。
保険料控除申告書には生命保険料や地震保険料の控除証明書のハガキを添付する必要がありますが、その年の証明書はまだ秋口にしか届いておらず、引っ越しの荷物にまぎれて行方不明になりかけたそうです。結局、保険会社のマイページから控除証明書の電子データを再発行してもらい、出国の3日前になんとか総務へ提出できたとのことでした。「年末調整は年末にやるもの」という思い込みがあると、出国前の慌ただしい時期にこの手続きが差し込まれることに戸惑う人は少なくないようです。
2. 出国時年末調整で扶養控除や保険料控除はどう計算されるか
出国が決まった社員に対して、会社は出国前の最後の給与支払いのタイミングで、その年の1月からその時点までに支払った給与をもとに年末調整を行います。
【国税庁の公式見解・1次情報】
国税庁「No.1920 海外勤務と所得税額の精算」には、次のように記載されています。
『年の中途で海外の支店へ転勤したことなどにより、非居住者となる人については、通常、その海外勤務が1年以上に及ぶことが見込まれますので、出国の時に、それまでに支払った給与について年末調整を行うこととなります』
出典:国税庁「No.1920 海外勤務と所得税額の精算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1920.htm
このとき配偶者控除・扶養控除・基礎控除の適用は、出国時点の状況で判定します。「年の途中だから月割りで計算するのでは」と誤解されがちですが、月割りという考え方はありません。出国するその瞬間の家族構成や所得の見積もりで、その年1年分の判定をまとめて行います。
一方、生命保険料控除や社会保険料控除、地震保険料控除については、出国日までに実際に支払った金額(給与から天引きされた分を含む)だけが対象になります。出国後に払い込む予定だった保険料は、その年の出国時年末調整には含められません。
| 項目 | 出国時年末調整での扱い |
|---|---|
| 配偶者控除・扶養控除・基礎控除 | 出国時点の現況で判定(月割りはしない) |
| 生命保険料控除・地震保険料控除 | 出国日までに実際に支払った分のみが対象 |
| 社会保険料控除 | 出国日までに給与天引きまたは自己負担で支払った分のみ |
| 年収2,000万円超の人・複数の給与所得がある人 | 年末調整の対象外。出国前に準確定申告が必要(納税管理人を選任していない場合) |
3. 日本に持ち家を残して家賃収入を得るなら「納税管理人」が必要

海外赴任中、日本にある自宅マンションや戸建てを賃貸に出して家賃収入を得る場合、その所得は日本の税務署へ確定申告する義務があります。本人は日本にいないため、国内の親族や税理士を納税管理人に指定する届出書を、出国前に税務署へ提出しておく必要があります。
【国税庁の公式見解・1次情報】
国税庁「A1-7 所得税・消費税の納税管理人の選任届出又は解任届出手続」には、次のように定められています。
『国内に住所及び居所を有しないこととなる場合において、この納税者の各種の手続を行う必要があるときは、納税者は、この納税管理人を定め、その納税地を所轄する税務署長に届け出なければなりません』
提出時期は『納税管理人を定めたとき、又は出国のときまで』とされています。
出典:国税庁「A1-7 所得税・消費税の納税管理人の選任届出又は解任届出手続」 https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/07.htm
#### 【現場のリアル】届出書を出し忘れ、確定申告の時期に日本の実家へ国際電話が鳴った話
海外赴任中に自宅マンションを賃貸に出していた方の話です。出国前のバタバタで納税管理人の届出書を出し忘れたまま渡航し、翌年2月になって日本の実家に住む親のところへ「確定申告の書類が届いているが、あなた宛だから開けていいか分からない」という連絡が来たそうです。結局、本人が赴任先から国際電話で税務署に事情を説明し、納税管理人の届出書を後追いで郵送してから、親に代理で確定申告を進めてもらう形でなんとか間に合わせたとのことでした。出国前に「誰を納税管理人にするか」を決めて届出書を出しておけば、こうした綱渡りは避けられます。
4. 海外赴任中の住民税はどうなるか
その年の1月1日時点で日本国内に住所がなければ、その年度の個人住民税は課税されません。個人住民税は、毎年1月1日時点で市区町村に住所がある人に対して、前年の所得をもとに課税される仕組みです。
【総務省の公式見解・1次情報】
総務省「地方税制度 個人住民税」には、次のように説明されています。
『個人住民税は、その年の1月1日現在において道府県内(都内)に住所を有する個人に対して均等割額と所得割額とを合算して課税されます』
出典:総務省「地方税制度 個人住民税」 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/150790_06.html
1月1日の時点ですでに海外に生活の本拠を移して非居住者になっていれば、その年度の住民税は課税されません。逆に言えば、1月1日をわずかに過ぎたタイミングで出国した場合は、前年の所得に対する住民税がまるまる1年分課税されるため、出国の時期によって最終月の給与や退職金から住民税がまとめて天引きされることがあります。総務から出国前に「最後の給与で住民税を一括徴収します」と説明されるのはこのためです。
5. 帰国したときの年末調整はどうなるか

海外赴任を終えて年の途中で日本に本帰国した場合、帰国日以降は再び居住者として扱われ、帰国後に支給された給与をもとに、その年の12月に通常どおり年末調整が行われます。
【国税庁の公式見解・1次情報】
国税庁「No.2518 海外出向者が帰国したときの年末調整」には、次のように記載されています。
『居住者(非永住者を除きます。)は、所得が生じた場所が国の内外を問わず、その所得についてわが国において所得税及び復興特別所得税を納める義務があります』
また、社会保険料控除・小規模企業共済等掛金控除・生命保険料控除・地震保険料控除については『帰国後に支払った保険料や掛金が対象とされ』ると案内されています。
出典:国税庁「No.2518 海外出向者が帰国したときの年末調整」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2518.htm
つまり、赴任中に海外で支払っていた現地の保険料や、日本にいたら払っていたはずの保険料は、帰国後の年末調整には反映されません。帰国した年に扶養控除等申告書を会社へ改めて提出し、帰国後の期間に対応する分だけで年末調整をやり直す、という流れになります。
6. よくある質問(Q&A)
#### Q1. 単身赴任で家族を日本に残す場合、家族の扶養控除はどうなりますか
出国時年末調整の時点で、日本に残る家族が引き続き扶養親族の要件(合計所得金額など)を満たしていれば、通常どおり扶養控除の対象にできます。単身赴任か家族帯同かという赴任の形態そのものは、扶養控除の可否に直接影響しません。
#### Q2. 海外赴任が決まったら、保険料控除証明書はいつまでに用意すればいいですか
生命保険料控除・地震保険料控除の対象になるのは、出国日までに実際に支払った保険料だけです。秋以降に届く控除証明書のハガキが赴任準備の荷物に紛れて出国後に見つかる、というトラブルが実際に多く発生しています。辞令が出た時点で、保険会社のマイページ等から控除証明書の電子データを早めに取得しておくと安心です。
#### Q3. 出国後に、日本での勤務期間に対応する給与(未払残業代の精算など)が後から支払われた場合はどうなりますか
出国して非居住者になったあとに支払われる給与であっても、日本国内で行った勤務に対応する部分は国内源泉所得とみなされ、支払額に対して20.42パーセントの税率で源泉徴収されます。年末調整の対象にはならないため、還付を受けたい場合は確定申告(納税管理人を通じた申告)が必要になります。
まとめ
海外赴任・海外出向が決まったら、出国前の最後の給与で「出国時年末調整」が行われ、その時点までの給与に対する所得税が精算されます。配偶者控除や扶養控除は出国時の現況で判定され、月割りという考え方はありません。生命保険料控除などは出国日までに実際に支払った分だけが対象になるため、控除証明書は辞令が出た段階で早めに用意しておくのが安全です。日本に持ち家を残して貸し出す場合は、出国前に納税管理人の届出書を提出しておくこと。住民税は1月1日時点の住所で判定されるため、出国のタイミングによって最終月の徴収額が変わってくることも押さえておきたいところです。
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