11月、総務から配られた年末調整の書類を穴が開くほど見返しても、「医療費」を書く欄がどこにも見当たらない。今年は子どもの入院や歯の治療でそれなりの出費があったのに、これでは戻ってくるはずのお金が戻ってこないのではないか。そう不安になって総務の窓口に聞きに行き、「医療費は年末調整では扱えないので、ご自身で確定申告をお願いします」と言われて肩透かしを食らった経験がある人は少なくないはずです。
結論から先に書くと、その総務担当者の案内は正しいものです。医療費控除は年末調整の対象になっておらず、税金を取り戻すには自分で確定申告という手続きを行う必要があります。ここでは、なぜ年末調整では処理できないのか、どこからが控除の対象になるのか、そして実際に確定申告をする際の手順を、国税庁の公式情報に沿って整理していきます。
なぜ年末調整では医療費控除ができないのか

年末調整は、会社が給与から天引きしていた源泉所得税を、その年最後の給与支払いのタイミングで正しい税額に精算する手続きです。国税庁タックスアンサー「No.2662 年末調整のしかた」では、扶養控除等申告書を提出している人について、年間の給与総額に対する年税額と源泉徴収した税額の合計額を比べて過不足を精算する、と定義されています。出典:国税庁 タックスアンサー No.2662「年末調整のしかた」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2662.htm
この精算は、会社が把握している情報、つまり給与額、扶養家族の人数、提出された保険料控除証明書などをもとに行われます。生命保険料控除や地震保険料控除、配偶者控除は、控除証明書や申告書という形で会社に情報を渡せば完結しますが、医療費は事情が違います。家族の誰がいつどの病院にかかり、いくら払ったかは、通院や入院という極めてプライベートな情報です。会社の給与担当者がこれを毎月チェックして年末に集計する仕組みは存在しませんし、そもそも本人以外が扱うべき情報でもありません。医療費控除の額を確定させるには、1月から12月までの1年分の領収書を本人が集計し、確定申告書に添付する「医療費控除の明細書」を作成する必要があります。この作業自体が、年末調整という会社主導の精算スキームの外側にある、というのが実務上の位置づけです。
年末調整で扱える主な控除と、扱えず確定申告が必要になる主な控除を整理すると、次のようになります。
| 控除の種類 | 年末調整での扱い | 補足 |
|---|---|---|
| 生命保険料控除 | 可能 | 保険会社発行の控除証明書を提出(国税庁 No.1140) |
| 地震保険料控除 | 可能 | 保険会社発行の控除証明書を提出 |
| 配偶者控除・扶養控除 | 可能 | 扶養控除等申告書に記載(国税庁 No.1191) |
| 医療費控除 | 不可 | 自分で確定申告(国税庁 No.1120) |
| ふるさと納税(寄付金控除) | 不可(ワンストップ特例利用時を除く) | 6自治体以上や他の理由での確定申告時はワンストップ特例が無効になる |
| 住宅ローン控除(初年度) | 不可 | 1年目のみ確定申告、2年目以降は年末調整(国税庁 No.1210) |
【現場のリアル】総務に「医療費は無理です」と言われた日の空気
ある会社員から聞いた話ですが、年末調整の書類を提出しに行った際、保険料控除申告書の余白に手術と入院でかかった医療費の合計をわざわざ書き込んで持って行ったそうです。総務担当者は書類を一瞥して、「すみません、これは年末調整の欄には反映できないので、確定申告で出してください」と申し訳なさそうに返したといいます。悪気があったわけではなく、単純に年末調整の書式に医療費を記入する欄自体が存在しないからです。書いた本人は「せっかく計算したのに」と拍子抜けし、結局その足で確定申告のやり方を調べ直すことになりました。年末調整の書類にどれだけ丁寧に書き込んでも、医療費だけは反映されない。この構造を知らないまま12月を迎えると、同じ空振りを毎年繰り返すことになります。
医療費控除の対象になる条件

医療費控除とは、1年間に生計を一にする家族全員で支払った医療費が一定額を超えた場合に、その超えた部分を所得から差し引ける制度です。国税庁タックスアンサー「No.1120 医療費を支払ったとき(医療費控除)」には、控除額の計算式が次のとおり示されています。
【国税庁の公式見解・1次情報】
国税庁タックスアンサー「No.1120 医療費を支払ったとき(医療費控除)」によると、医療費控除の金額は次の式で計算されます。
『(実際に支払った医療費の合計額-保険金などで補填される金額)-10万円』(総所得金額等が200万円未満の人は、10万円ではなくその5パーセントの金額)
控除できる金額の上限は200万円です。
出典:国税庁 タックスアンサー No.1120「医療費を支払ったとき(医療費控除)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1120.htm
「保険金などで補填される金額」とは、生命保険の入院給付金や健康保険の高額療養費、出産育児一時金などです。実際に自分の懐から出た金額から、こうした給付金を差し引いた残りが計算の土台になります。総所得金額等が200万円未満、おおよそ年収311万円台までの人であれば、10万円というハードルではなく所得の5パーセントで判定するため、パートやアルバイト中心の家計でも対象になりやすくなっています。
対象になる費用・ならない費用
国税庁タックスアンサー「No.1122 医療費控除の対象となる医療費」では、対象となる費用の範囲が具体的に列挙されています。医師や歯科医師による診療・治療の対価、治療に必要な医薬品の購入費、入院時の部屋代や食事代、通院のために必要な公共交通機関の運賃、助産師による分べん介助費用などが該当します。一方で、次のような費用は対象外とされています。
【国税庁の公式見解・1次情報】
国税庁タックスアンサー「No.1122 医療費控除の対象となる医療費」では、次のように定められています。
『健康診断の費用や医師等に対する謝礼金などは原則として含まれません』
『ビタミン剤などの病気の予防や健康増進のために用いられる医薬品の購入代金は医療費となりません』
『自家用車で通院する場合のガソリン代や駐車場の料金などは、控除の対象には含まれません』
出典:国税庁 タックスアンサー No.1122「医療費控除の対象となる医療費」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1122.htm
美容整形やホワイトニング、サプリメント、健康診断や人間ドックの費用は、原則として対象になりません。ただし例外もあります。国税庁の質疑応答事例「人間ドックの費用」には、健康診断や人間ドックの結果、重大な疾病が発見され、引き続きその治療を行った場合には、その検査費用も医療費控除の対象に含まれる、と明記されています。出典:国税庁 質疑応答事例「人間ドックの費用」 https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/05/09.htm つまり、人間ドックそのものは対象外でも、そこから治療につながった場合は話が変わってくるということです。領収書を「これは治療目的か、それとも予防・健康維持目的か」という軸で仕分けておくと、後の作業が格段に楽になります。
【現場のリアル】レシートの束を前に固まった確定申告初挑戦
40代の会社員の例ですが、子どもの入院と自分の歯科治療が重なった年、医療費控除を受けようと年明けにレシートを引っ張り出したところ、財布や引き出し、家計簿アプリの写真フォルダにまで散らばっていて、1年分をかき集めるだけで休日を丸々1日費やしたそうです。しかも集めた後で、通院のためのタクシー代や、健康診断で受けた人間ドックの費用まで一緒くたに合計してしまい、確定申告書等作成コーナーに入力した段階で税務署の相談窓口に電話をかけて「これは対象に入りますか」と一つずつ確認する羽目になりました。結果的にタクシー代と人間ドック代(治療につながらなかった分)は対象外と分かり、合計額を修正して申告をやり直しています。医療費控除は、対象になる費用とならない費用の線引きを最初に知っているかどうかで、かかる手間がまるで違います。
確定申告の3ステップ
医療費控除を受けるための確定申告は、大きく分けて3つの作業に分解できます。
ステップ1 医療費の記録を集める
1月1日から12月31日までに家族全員分が支払った医療費の領収書やレシートを集めます。健康保険組合や協会けんぽから毎年送られてくる「医療費のお知らせ(医療費通知)」がある場合は、それを使うと入力の手間を大きく減らせます。国税庁タックスアンサー「No.1120」によると、医療費通知を添付すれば医療費控除の明細書の記載を簡略化できるとされています。領収書そのものは提出不要ですが、確定申告期限等から5年を経過するまでの間、税務署から提示や提出を求められることがあるため、捨てずに保管しておく必要があります。
ステップ2 医療費控除の明細書を作る
集めた領収書をもとに、誰の医療費か、どの病院・薬局にかかったか、支払った金額はいくらかを整理し、「医療費控除の明細書」を作成します。国税庁の確定申告書等作成コーナーを使えば、金額を入力するだけで自動的に集計・計算してくれるので、手計算で合計を出すよりミスが起きにくくなります。
ステップ3 確定申告書を作成し、提出する
会社から受け取った源泉徴収票と、ステップ2で作成した明細書を手元に用意し、確定申告書を作成します。マイナンバーカードとスマートフォンがあれば、e-Taxを使って自宅から電子申告できますし、印刷して郵送する方法や、税務署の窓口に直接持ち込む方法も選べます。
【現場のリアル】確定申告書作成コーナーで途中まで進めて挫折した話
医療費控除だけを目的に確定申告をする人の中には、初めて確定申告書等作成コーナーを開いて、源泉徴収票の数字をどこに転記すればいいのか分からず、支払金額の欄と所得控除の欄を間違えて入力し、還付見込額がマイナス表示になって青ざめたという声もあります。原因のほとんどは、源泉徴収票の「支払金額」欄と「源泉徴収税額」欄を取り違えて入力してしまうことです。作成コーナーは源泉徴収票の写真を撮ってアップロードすると自動入力してくれる機能もあるため、手入力でつまずいた場合はそちらを使うと転記ミスをかなり防げます。
確定申告の時期と、申告し忘れた場合の還付申告

医療費控除を含む所得税の確定申告は、原則として翌年の2月16日から3月15日までの間に行います。国税庁タックスアンサー「No.2020 確定申告」に、この申告期間が定められています。出典:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2020.htm
医療費控除は税金を取り戻すための申告、つまり還付申告に当たります。国税庁タックスアンサー「No.2030 還付申告」では、次のように説明されています。
【国税庁の公式見解・1次情報】
国税庁タックスアンサー「No.2030 還付申告」では、次のように定められています。
『還付申告書は、確定申告期間とは関係なく、その年の翌年1月1日から5年間提出することができます』
出典:国税庁 タックスアンサー No.2030「還付申告」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2030.htm
つまり、去年の医療費を申告し忘れていたことに今気づいても、対象の年の翌年1月1日から数えて5年以内であれば、今からでも申告して還付を受けられます。手術や入院で医療費がかさんだ年ほど、この制度を知らずに何年分も取り戻し損ねているケースが実際にあります。年末調整の書類を見直すついでに、過去の確定申告の履歴や医療費の記録を一度洗い出してみる価値は十分にあります。
年末調整の書類作成そのものも、決して楽な作業ではありません。扶養控除等申告書、基礎控除申告書、保険料控除申告書と、毎年似たような欄を埋めるだけなのに、どこに何を書けばいいのか迷って手が止まる人は多いはずです。『書けた年末調整』は、スマホで質問に答えていくだけでこの3枚の書類作成が完結するツールです。医療費控除のように確定申告が別途必要な項目はさすがに扱えませんが、年末調整の分だけでもここで時間を使わずに済ませておけば、確定申告の準備に充てられる時間はその分増えます。
無料で申告書を作成してみる医療費控除は年末調整ではなく確定申告でしか受けられない、という一点さえ押さえておけば、あとは領収書を集めて明細書を作り、期限内に提出するだけの作業です。申告を忘れていた年があっても、5年以内なら還付申告として取り戻せます。医療費がかさんだ年の記録を、まずは引き出しや家計簿アプリから引っ張り出すところから始めてみてください。